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お釈迦さまってどんな人? - お釈迦さまの人生
About Lord Buddha

お釈迦さまは、今から2500年ほど前に生きていた実在の人です。 本名は、ゴータマ・シッダールタ。

現在のネパールでお生まれになって、人生の大半をインドで過ごされました。

わたしたちが馴染みのある「お釈迦さま」という名前は、お生まれになった「シャカ族」という種族の名前からきています。

お釈迦さまという呼び名は、「シャカ族出身の偉大な方」というような意味があったようですね。

生まれてすぐの哀しみ
birth and sorrow

お釈迦さまは、今のネパールにあるルンビニーという場所でお生まれになりました。 ルンビニには、「ブッダが生まれた場所」が今でも残っています。

お釈迦さまは、お母さんであるマーヤー(摩耶)夫人の右側の脇の下から生まれたといわれています。 ふつうの人間とはかなりちがった生まれ方です。あまりに偉大なお釈迦さまは、生まれたときから特別だったということを、人々が伝えたかったのでしょうね。

お釈迦さまが生まれる前、マーヤー夫人は白い象がお腹に入ってくる夢をみたそうです。 マーヤー夫人にとっても「生まれてくる子は、この世にとって大切な役割となる」という予感があったかもしれません。

生まれてすぐにトコトコと歩いて、右手は天を、左手は地を指さし、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」といったというお話もあります。そのときの姿をあらわしたのが「誕生仏(たんじょうぶつ)」という仏像です。

マーヤー夫人もお父さんのシュッドーダナ王も、小さなシッダールタの誕生を心から喜びました。 でも、お釈迦さまが生まれてわずか7日目。マーヤー夫人は亡くなってしまいました。

お釈迦さまは、実のお母さんのことをあまり知らないうちに、会えなくなってしまったのです。

王子さまとしての毎日
daily life as a prince

生まれてすぐに、お母さまであるマーヤー夫人が亡くなられ、 そのあとは王子さまとして、お父さま(シュッドーダナ王)と叔母さま(マハーパジャパティー)に育てられました。

王宮ではお手伝いさんも踊り子もコックさんもいて、身の回りのことで不自由することはありませんでした。でもある日のこと、王宮から外に出てみると、ビックリするような光景を目にしたのです。

餓えに苦しんでいる人。
病気に苦しんでいる人。
老いて、死んでゆく人・・・。

「世の中には、こんなにも苦しみがあふれている!どうにかして、人々が苦しみではなくしあわせに生きられる道はないだろうか・・。」

お釈迦さまは、家を捨て、修行にでることを決めました。 そのとき、お釈迦さまには結婚した奥さま(ヤショーダラ姫)と、奥さまのお腹の中には息子もいたのですが、お釈迦さまの決意はとてもかたくて、誰も止めることはできませんでした。

出家と悟り / しあわせの道をもとめて
renounce the world to get happiness for all

お釈迦さまが、すべてを捨てておうちを出たのは、29歳のときでした。 「生きとし生ける、すべてのものがしあわせになる道」を求めて、出家したのです。

当時よく行われていた苦行を、お釈迦さまも行いました。針の山にすわったり、何日も飲まず食わず、ずっと木からつるされていたり・・。 6年もこんな修行を続けました。

お釈迦さまの体はすっかりやせ細り、骨と皮だけのような姿になってしまいました。そのときの様子をあらわした像を、「釈迦苦行像(しゃかくぎょうぞう)」といいます。 頬もこけて、お腹がえぐれて、生きているようにはみえないお姿です。

6年経って、「こんなに自分の体を痛めつけても、何もならない」ということに気がつきました。そして、修行していたお山から下りることにしました。

下りるといっても、体は骨と皮のような状態。杖がなくては歩くこともできず、ふらふらのお釈迦さま。力尽きて倒れてしまったのを見つけたのが、スジャータという女の子でした。

スジャータは、ミルク粥をつくってお釈迦さまに食べさせました。お釈迦さまの体は無事回復し、瞑想の修行をはじめることができました。

そして、インドのブッダガヤにある菩提樹の木の下で、ついにお悟りをひらかれました。つまり、「人々がしあわせになる道」を気づいたのです。

お釈迦さまのことを「ブッダ」ともよびますが、ブッダは「悟ったもの」という意味なんですよ。

お説法の旅
preaching trip around the north India

お悟りをひらいたあと、お釈迦さまは悩みました。自分が気づいた大切なこと、世の中の真理。これは人々に伝えるべきではないかもしれない。理解する人はいないかもしれない……。 そんなお釈迦さまのもとに、梵天(ぼんてん)さまがきて、その教えを広くたくさんの人へ伝えなさいとおっしゃったのです。なんと、3回も!

そして、お釈迦さまは「よし、みんなに伝えよう!」と決意したのです。

お釈迦さまが、はじめてのお説法の相手として選んだのは、苦行をしていたときの仲間5人。彼らは、ガンジス川で有名なバラナシの近く、サールナートというところにいました。 そこまでお釈迦さまは歩き、悟った内容を伝えにいったのです。これが、お釈迦さまのお説法の旅のはじまり。

それから、お釈迦さまは亡くなるまでの45年間、いろんな場所で人々に「しあわせの道」をお話し続けました。

お釈迦さまのお話をきいた人たちは、みーんな弟子になりたい!と申し出て、お弟子さんたちもまた、お釈迦さまの教えを広めるために旅をしました。

涅槃 / おしえは永遠
nirvana

お釈迦さまが亡くなったのは、80歳のとき。北インドのクシーナガラというところで最期をむかえました。そのときの姿が「涅槃像(ねはんぞう)」という仏像です。

弱っていくお釈迦さまをみて悲しんでいるお弟子さんたちに、お釈迦さまは「悲しむのはおよしなさい」といいました。お釈迦さまの肉体はなくなっても、 お釈迦さまが伝えたことは、永遠だから。そういって、お釈迦さまは息をひきとりました。

悲しむなといわれても、むずかしいことです。目の前には、大好きだったお釈迦さまがいるのだから。お弟子さんたちはワンワン泣いて悲しみました。お釈迦さまのことが大好きだったのは、人間だけではありません。鹿や象などの動物たちも集まってきて、泣きました。その様子が描かれた絵を、「涅槃図(ねはんず)」といいます。

涅槃図の上の方には、雲にのった女の人が描かれています。それは、お釈迦さまが生まれてすぐに亡くなったお母さん、マーヤー夫人です。 お釈迦さまは、やっとお母さんに会うことができたのです。

偉大な偉大なお釈迦さまの存在。お釈迦さまのおしえてくれたこと。 それをちゃんと残そう!多くの人に広めよう!ということでできたのが、お経であり、仏像だったのです。

お釈迦さまの教えは2500年も経った今でも、わたしたちに光を与えてくれているのだから、すごいですよね。

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